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[Stripe Sessions レポート] AIエージェントと EC の未来と課題について
Stripe Sessions 2025 では、AI エージェントの利活用や「エージェントコーマス」に関するディスカッション(ブレイクアウトセッション)が複数ありました。その中でも、Browserbase や /dev/agents の CEO・ Rye の Head of Ops そして Stripe の Product Lead が参加されたセッション「AI agents: Reshaping the way we buy and sell」について、この記事では簡単に紹介します。
EC サイトや消費者ニーズの現状
このセッションでは、AIエージェントが消費者行動とeコマースの未来をどのように形作るか、企業はこれらの変化にどう対応すべきか、そして実践するためのネクストステップについてディスカッションがありました。
まず現在地点の確認として、消費者が AI をどのように活用しているかや、オンラインでの購入プロセスについて話題になりました。 日々最適化や研究が進められている EC の購入プロセスですが、まだまだ消費者が自身で考えたり行動したりするステップが残っています。パネリストは具体例として掃除機の購入プロセスを紹介されていました。新しい掃除機を購入するとなった場合、まずどの掃除機を買うべきかを比較調査します。その後候補に挙がった掃除機のうち、自身が思う適切な価格で購入できる商品やストアを探しにいきます。 EC サイトの購入フローに消費者がたどり着くまでの時点で、すでに彼らはいくつかのアクションや判断を求められています。
また、EC 事業者の視点でも、自動化 bot や AI エージェントに対する見方を変える必要性に迫られているそうです。これまでウェブサイトを訪れる bot といえば、検索サイトのインデックスか、それとも不正利用などを試みる悪意のあるシステムのどちらかでした。しかし現在では様々な AI エージェントがそれぞれに指示を出した消費者の疑問に応えようとして、 bot としてサイトにアクセスしてきます。そのため bot アクセスを一律に遮断するなどの不正対策を行なっている場合、今後増加するであろう AI エージェントによる商品検索などのシナリオから、自社の EC サイトが除外されてしまう可能性が生まれています。このように企業が bot やエージェントをどのように対応し、受け入れていくのかを考える必要に迫られています。
EC サイトにおける AI エージェントの可能性と課題
商品の選択や最適価格の調査など、消費者がオンラインで買い物をする際に行なっている様々なタスクを、 AI エージェントはどのように効率化してくれるでしょうか? Sessions 2025 の Product Keynote でデモがあったように、すでに AI エージェントを使って商品の検索や注文を試みる仕組みやデモなどは登場しつつあります。
しかし一方でまだまだ課題も残されています。ディスカッションのなかでは、「人間が自分で行うよりも迅速で楽しい体験を提供する必要がある」ことが指摘されていました。購入を提案する商品の選択精度はもちろん、処理時間がかかりすぎる場合にも、「自分でやったほうがよい」と消費者が判断してしまうことになります。パネリストはセッションの中で、「人間が自分でやるよりも遅いシステムより悪いものはありません。AIエージェントはユーザーに対して、より楽しく、効率的な体験を提供する必要があるのです」とも話されていました。このような課題を解決できるかが、エージェントコマース普及に向けたキーポイントの1つになりそうです。
また、ユーザー体験についての可能性と課題についても話題になりました。すべてを AI が実施するのではなく、買い物の中で消費者が楽しみたいと思っている部分や体験については残し、退屈な作業になりがちな部分の自動化にフォーカスする必要があるということです。セッションを聞いていた感想としては、EC における AI エージェントは百貨店の外商のような体験を提供するようになるのかなと思いました。顧客のことをよく理解し、忘れているであることや繰り返し実行しているタスクなどを裏側で自動的に実行する。それによって買い物というアクティビティを 100 % 楽しめるような体験を提供することが理想系に感じます。
AI によって変わる買い物体験
続いてユーザー体験や買い物のあり方が今後どのように変わるかのディスカッションに移りました。
AI ネイティブなストアが生まれる可能性
まず話題になったのは「クラウドキッチン」(実店舗を持たず、デリバリーのみに特化したレストラン)の EC 版が生まれる可能性についてです。実店舗やウェブサイトを持たず、AIエージェント向けのインターフェースのみを提供する新種の小売業者が登場するかもしれません。現在ですと、 MCP サーバーのみ提供するようなイメージでしょうか。このような新しい注文体験やモールなども、この後登場し、買い物の体験が変わってくる可能性もありそうです。
パーソナライゼーションの強化
また、パーソナライズについての話題もありました。現在の検索エンジンでは「無限の検索結果の1ページ目」が表示されるだけですが、AIエージェントはユーザーの好みや過去の行動に基づいて高度にパーソナライズされた提案を行うことができます。これによって商品を効率的に探すことがかのうになり、顧客満足度が大幅に向上する可能性があります。ユーザーにとっては、より自分に合った商品との出会いが増えることになります。
買い忘れの予防によるカゴ落ち率改善
もう一つの話題は、「買い忘れ」についてでした。「そろそろ買おうと思っていたけど、なんだかんだ買わずに過ごしてしまっている」ような体験は誰しもあると思います。日用品の買い物もですが、誕生日や祝い事のギフトを買い忘れて慌てるということも経験したことはあるのではないでしょうか。このような買い忘れ問題についても、 AI エージェントがお知らせするだけでなく、商品の選定や提案・購入まで行ってくれるようになることで、人間にありがちなうっかりミスを減らせるのではないかという話題がありました。
ユーザーの制御感と便利さのトレードオフ
しかし一方ですべてを AI エージェントに任せることへの疑問も提示されました。ユーザーは買い物における全てのステップを煩雑に感じたり、AI に任せたいと考えているのかについて、事前に検証する必要があります。例えば候補の絞り込みまでは AI が行い、最終的にどの商品にするかの決断や色やオプションなどの選択は人間が行うようなフローも考えられます。このステップをギフトや嗜好品などで自動化すると、却って顧客の買い物体験を損なうのではないかという指摘がありました。反面、オフィスの消耗品などであれば、あらかじめ設定した予算枠の範囲内で必要な量だけを選択して注文できる完全自律型の AI エージェントは非常に重宝されるでしょう。このように、 AI が自動化する範囲と人間への判断を求める部分とのバランスをストアやユースケースごとに見極めていくことが重要だということです。
また、購入フローを自動化した場合には、「顧客はどのような操作を取り消しできるか」についても設計や説明する必要があるという指摘もありました。顧客が望んでいないものを購入し、それが取り消しできないという体験は、エージェントに対してだけでなく、ストアやブランドに対しても悪印象を持たれてしまいます。高額な決済などの重要な決断についてはユーザーへの確認を求める、エージェントが自律的に購入まで行うかどうかや、自動購入の閾値を設定できるような仕組みなども今後はうまれてくる可能性があります。このような仕組みを用意することで、エージェントによる意図しない購入から生まれる大量の返品といったストア側のリスクも軽減できます。
先のディスカッションであった、「人間が自分で行うよりも迅速で楽しい体験を提供する必要がある」を念頭に置いたユーザー体験の設計から行うことが、もしかするとエージェントコマースを成功させる鍵になるかもしれません。そしてこのような設計を行うには、消費者がいる場所で消費者と会って会話する、顧客理解の必要性が高まってきているという話にも広がりました。
エージェントコマースのユースケース
この他、エージェントコマースの実用的なユースケースについてのディスカッションもありました。
エージェントコマースによる、新しい購入体験
まず紹介されたのは、AIエージェントによる予算管理です。「1日にX円まで使用可能で、予算オーバーの場合はテキストで連絡」といったルールや条件を設定することで、ユーザーは支出を気にせず買い物を楽しめるようになります。これはオフィスの消耗品や家庭での日用品などで重宝される可能性が高そうです。また、発展系として予算だけでなく消費量や残高をチェックすることで定期的な再注文までも自動化する方法についても言及がありました。このあたりは Amazon の Dash Replenishment などが、先行事例やベンチマークになるかもしれません。
注文処理フローの自動化
さらに、カスタマーサポートから返金処理まで、EC における注文や顧客体験フローでAIエージェントが担うシステムについても提案がありました。Intercom の Fin などはすでに AI によるキャンセル・返金などもサポートしており、業務改善の一環や、 AI エージェントを導入する第一歩目としても注目が集まりそうです。
エージェントコマース時代に向けた next action
最後に、現実的な次のステップについてのディスカッションがありました。ストア側では、先ほど提案のあったようなユースケースについて、 PoC レベルでの実証実験や新しい販売チャネルとしての検討を進めることが提案されました。また、開発者に対しては、 Stripe が開発者プレビューで提供する新しい購入フローをテストしてみるなど、社内でエージェントによるコマース体験について話し合うための実物を作ってみることがお勧めされていました。
また、遠い将来の話として、 AI が人間と同じかそれ以上のことをできるようになった世界についての話もありました。そのような世界になった場合、ウェブサイトやアプリの操作性は全く新しいものに変わり、それによってウェブは再び「人間のためのもの」になるかもしれないとのことです。
個人的な感想ですが、エージェント的な振る舞いを簡単に試せる MCP を利用して、 PoC やデモを作ってみることが、エージェントコマースの未来を覗き見る簡単な方法かもしれません。
まとめ
このセッションでは、AI や AI エージェントの発達と普及によって、 EC サイトでの体験やストア側のワークフロー・そしてオンラインでの購入体験そのものがどのように変わっていくかのディスカッションが行われました。すべてを AI にまかせるのではなく、「ユーザーはストアでどのような体験を楽しみたいか?」を意識すべきという点は、開発者としてハッとさせられた点です。どうしても新しい技術やツールなどを学ぶ・手に入れると、すべてのものに適用してみたくなります。しかし自動化や効率化を「顧客が楽しみたいと思っている機会を奪う」ために使うことは、本末転倒です。「 AI をどう使うか。取り入れるか」も重要ですが、「そもそも顧客はなにを楽しみたいと思っていて、なにを煩わしいと思っているか」を理解することを第一に置く必要があるでしょう。
AI や自動化に関するセッションの中で、最終的に「顧客理解」やそのための顧客との対話の重要性を再確認できたという点も興味深い体験でした。 AI による変革は不可避な流れに感じます。しかし全てのルールが変わり、今までの経験が活かせなくなるというわけではなく、むしろ顧客や事業・プロダクトなどに対する理解がある人がより有利になる世界になるような気がしました。
「こういうことができたら、もっと喜んでもらえそう」「ここステップ、煩雑だけどどう解消すればいいかわからないなぁ」のような業務の中で感じた小さなモヤモヤを記録して、 AI ならどう解決できるかを試行錯誤する。そんなところからでも、変革がはじまるかもしれませんね。